有名な運動選手であることが良いことだとマイケルが思っていることの1つは、慈善事業に貢献出来ることだ。彼は、仲間の選手からATPツアー チャリティー委員長に選ばれ、小児病院を訪問したりする慈善事業のリーダーを務めてている。そして、全仏での子供のためのテニスクリニックでも、キャプテンを務めた。
マイケルは、特に子供達を助けることが好きで、彼のファンクラブの会費を全部寄付するマイケル チャン慈善基金を設立している。彼は、また、アジアにテニスを普及させることにも大きな関心を持っており、1992年に、香港の恵まれない子供達のために未来のスター プログラムを設立し、3000人以上の子供達に用具を提供して、テニスを教えている。そして、リーボック チャレンジにも参加しており、香港テニス協会の匿名記者であると同時に、バスケットボールのイベントを楽しみながら、十代の妊娠に注意を呼びかけるプログラムのための募金運動に協力している。ドキュメンタリーのビデオでは、麻薬についてしゃべり、ジャッキー チェンのような有名なスターと共に、香港の教育庁が進めている自殺防止のプログラムの1つとして、学校でしっかり勉強するようにと説いている。
米国でのマイケルは、35人の有名人の1人として、米国の図書館協会のリードという文盲をなくするプログラムを推進しており、リーボックやプリンスを通じて多数のクリニックを実施し、魚と野生の魚のためのナショナル基金のスポークスマンも務めている。そして、慈善委員長として、小児病院、スポーツ
キャンプ、宣言をする若者のグループ等を訪問して、おしゃべりもしている。マイケルは、また、エイズの撲滅をめざすアーサー アッシュ基金のために、他の数人の選手と共に、エキジビッション試合を催している。カールの母校であるカリフォルニア大学バークレイ校の教育振興のためには、チャン家テニス
スカラーシップ基金を設立して、毎年、週末のエキジビション試合を実施している。 マイケルがよく考えた末の行動の1つとして、日本の神戸地震の被災者への募金のために、エキジビッション試合を行なったことが挙げられる。1995年のジャパン
オープンの直前に、トーマス エンクヴィスト、ウエイン フェレイラ、松岡修造、伊達公子、杉山愛らの仲間に、クリニックと試合に加わってくれるように頼んだのだった。その日は、マイケルによる子供のクリニックに続いて、松岡修造/伊達公子対チャン/杉山愛のミックスダブルスが行われ、タイブレイクの末に、チャン組が勝利を収めた。彼が、USAトゥデイ
ウィークエンド紙により、1995年度の「最も人気のある運動選手」に選ばれたのも不思議なことではない。